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正しいプライドの捨て方

(この記事はAdvent Calender用の記事です。前日の方の記事)

 

を教えてください。

 

創作や競技をしていると多くの人がプライドを抱えると思います。そのプライドが情熱や努力に向けば良いのですが、僕のように自分を守る盾になってしまった人はどうすればそのプライドを捨てられるか一緒に考えてくださいおねがいします。

 

約3年前に僕は作曲を始めました。作曲なんて簡単だろへっへ~て言いながらDominoに向かい絶望したのを今でも覚えています。その後全てのコンポーザの方にごめんなさいしながら寝ました。もうそんなこと思いません許してください。その半年後にニコニコ動画に曲を上げ始めました。月に1つは動画を上げていたので今の自分から見ても褒めれる点だと思っております。しかしそれから約2年半、自分の作品に自信を持ちつつも結果を出せず仲良くなった創作仲間はどんどん有名になっていく。既に有名な方に褒められる(今思うとお世辞だったろうけど)を何故か焦りを感じどんどん歪んでいきました。その結果、僕の中には残念ながら歪の塊が生まれてしまいました。そうプライドです。自分を守る為に取り合えず他の方の良い曲を聴くと荒を探し、努力をするのも辛くなり何かと言い訳をして辛い作業を避け、挙句の果てには自分の曲の方が勝ってると思うと安堵するというゲスを極み尽くした考えをしていました。川谷さんもびっくりでしょ。他には年齢が低い人に僻む、他人に当たるなど数々の暴挙を行ってきました。これら荒探しや言い訳、他人に当たるなどはプライドが根源にあります(ということを最近気が付きました)。このプライドを捨てなければ僕がこれ以上向上することはないと思いプライドを捨てる決意をしました。

 

と力強く意気込んでいますがここまで読んできていただいて申し訳ないのですが具体的な解決案があるわけではありません。何せ最近のことなので僕自身も暗中模索状態です。ここからは僕が暗中模索って今に至った軌跡です。まずはWikipedia大先生にお話しを伺いました。先生によるとプライドというものは日本語では自尊心らしい。では自尊心は

 

自尊心(じそんしん self-esteem)とは、心理学的には自己に対して一般化された肯定的な態度である[1]

一般には自惚れなどとも同一視される[要出典]が、ここでは社会心理学における自己概念に関連して高揚もしくは維持されようとする態度、あるいは精神医学(QOL)上の『ありのままの自己を尊重し受け入れる』態度とする。

自尊心 - Wikipedia

 

だそうです。心理学をやっていない僕には良く分からないですが書いてある通り自惚れであるみたいです。自分が実際以上に優れていると思い込んでいる状態であるということです。つまりちょっと前の僕のことです。(最初の方にも書きましたがこの記事は自分を守るプライドについて言及しています。つまりネガティブに意味を取っています。その為意味の解釈に若干の間違いがあるかもしれません。変な人が何か言ってるよくらいに思ってください)。こうやって言葉にしていくと頭の中で整理されていいですよね。あ、いつもの独り言です気にしないでください。取り合えずプライドの意味が分かったので、その捨て方についても調べてみました。すると多くの記事で「他人と比較するな」「過去の自分と比較しろ」などと出てきました。これは何となく予想がついていたのですが面白かったのが「自分を屑だと自覚しろ」というのものです。他の方は全て上の存在であり、最底辺なんだから恥なんてないという考え。表面上では自覚していた僕ですが文字で突き付けられるとどきっとしました。そういえば恥を恐れる場面があったと頭をいくつか過りました。恥を回避することによって自分を守り、恥をかかない自分は優れていると錯覚していたのかもしれません。これを意識していればプライドを捨てられるかもしれない。少しずつ実践しています。 

 

今まで書いてきたことは全て墓まで持っていこうと思ったのですがプライドを捨てるため文章として残しておくことにしました。この記事は恥ずかしい内容ですが最底辺の僕にはなんてことないです。久しぶりにこの量の文章を書いたので落ちもへったくれもなくなってしまいましたが、最終的に言いたいのは「他人を気にせず恥をかこう」です。