お久

 言葉を書きたくてどうしようもなく、曲でも作ろうか迷っていた時にブログをやっていたことを思い出した。何故過去形かというと前回の最終更新が1月だからだ。これではブロガーの方に申し訳ない。特に書きたいこともない。何かもやもやしたものはあるけれどそれを言葉に出来る程の自己分析も語彙もない。今回は近況をだらだら書く。これを書いている今もどういうオチにしようかなんて思いついてない。以下そんな文章です。

 

 

 先日友人が出演するライブを聴きにいった。普段家で椅子に座ってモニターを眺めている僕だが、古くからの友人のライブということでその重い腰を上げた。場所は新代田(そこに着くまで"しんしろた"と読んでた)。会場のオープン時間より前に着いてしまったのでちょっと住宅街を歩いた。東京の街はおしゃれだ。住宅街ですら雰囲気というか、空気が違う。初めて行く住宅街なんて全部そう思うかもしれないが確かに感じた。夏の夕方だったというのもあるだろう。エモさにエモさが掛け合わさって僕の中の何かが大変なことになった。ライブ前からちょっと興奮しながら会場に入った。一人で行ったので扉の前で一呼吸置いた。中もおしゃれだ。こんな人間が来てよかったのだろうか。人は多くなかったが浮いていただろう。このライブは弾き語りのみだったので非常にゆったりできた。ここで絵とかプログラミングしてえと思った。ライブ後はそこで友人と出演者の方がちょこっと飲んでいたが僕がコミュ障を発揮してしまい、せっかく談話をぶった切ってしまった。すまない友人。その後は風龍行って帰った。美味しかった。

 

 

 書きたりないのでもうひと駄弁り。僕は趣味で絵を描いている。特に絵最近では絵に力を入れており、デッサンをしたり人体構造を勉強したり頑張っている。絵を描き始めて2年半くらいになる。描き始めると完成まで止まらなくなり、気づけば朝になっていることも少なくなかった。しかし最近どうも様子がおかしい。あれ程までに動いていた手が止まる。成長もあまり感じられなくなってきた。曲を精力的に作っていた頃にもあったが絵は落差が酷い。絵を描いている時の方が明らかにのめり込んでいた。しかし今はそこまでではなくなってしまった。ここで恐怖が蘇った。最高の曲を作ろうと奮闘した後、それを諦めた時の喪失感。正直に言うと僕は創作を始めたことを凄く後悔している。創作を始めたことで体験できなかったことや感動できたことは確かにある。宝物である。しかしそれ以上に辛いのである。

 僕は負けず嫌いだ。他人から評価されたし、あの人よりうまくなりたい。それが辛い。本来、創作にその考えは良くないと思う。競争心を否定しているわけではない。ライバルがいた方が成長する。しかし、自分の好きをアウトプットする場で全ての創作物が同じ土俵にいるわけがない。大衆受けするものもあればしないものもある。それはわかっている。けれど比べてしまう。その考えはずっと僕の中にあった。以前の記事でも同じようなことを言っている。この記事を書くに当たってその記事を見たが酷かった。今の僕と何も変わっていなかった。結論が"他人を気にせず恥をかこう"だったのが本当に笑える。この腐った性根は何か大きな出来事がない限り変わることはないだろう。本当に後悔している。けれど、ここで創作を辞めてしまうと辛さしか残らない。創作をすること自体は楽しい。この性根は呪っても呪いきれない。ずっとまとわりついてくると思うとげんなりしてくる。上手に付き合っていきたい。

 

 

 他人の弱音を聞くこと程嫌なことはないだろう。と書いたが弱音を聞くことが好きな人がいたら申し訳ない。そして嫌いな人もここまでの弱音を聞いてもらって申し訳ない。僕が文章を書くと弱音しか出ないが大多数の方もそんな感じだろう。みんな大なり小なり悩みを持っている。自分からしたら大きな悩みかもしれないが他人からしたら小さな悩みかもしれない。ここまで悟ったように書いたが僕も絶賛悩み中だし、この文章も黒歴史確定なので僕の見えない聞こえないところで嘲笑ってほしい。

 

おわり